Departure's borderline

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だいたい人間関係はアンバランス 加藤千恵『アンバランス』読了メモ

私は結構ドロドロとした、こっくり濃いめの恋愛小説が好きなのですが、今回手にとったこの作品も例に漏れない激重恋愛小説でした。カトチエ作品の最新文庫化?作品『アンバランス』です。

 

アンバランス (文春文庫)

アンバランス (文春文庫)

 

 初出は別冊文藝春秋、単行本は2016年3月に発行済みで、2019年6月にやっとこさ文庫化されましたのでウキウキと買って2ヶ月ほど寝かせておりました。

カトチエ作品といえば、短歌と短編集のイメージ(ハッピーアイスクリーム等)が強く、長編作品はあまり出ていない印象でした。今回、カトチエ作品にしてはボリュームがあるなぁ、と別冊文藝春秋連載時からチェックはしていたので、文庫化はそれこそ待ちに待った!という状態で(でも2ヶ月寝かせた)、何度も気持ち悪さにページを捲るのを躊躇いながら、ゆっくりと読ませていただきました。

恋人としてお互い向き合う時期を通り過ぎてしまった「夫婦」という関係のアンバランスさを、絶妙に表現している、良い作品だと思います。

 

以下、ネタバレ+多少の官能要素あります。

  1. 1.夫の歪んだ性癖
  2. 2.対する復讐
  3. 3.専業主婦という大きくて重すぎるレッテル
  4. まとめ

 

 

1.夫の歪んだ性癖

恋人時代、愛を確かめるためと、快楽を得るために身体を重ねることはあれど、その行為にそれ以上の意味は成さないように思います。そこまで欲が強くなく、お互いの同意のもと、その行為を必要とせずに恋人としてお互いを尊重しあえていれば、セックスは必要ないのです。

それは、結婚して夫婦となった生活でも、「夫婦2人で」生きていく決断をしているのであれば変わらないのですが、どちらか、あるいはお互いが「家族を持ちたい。自分の子供を持ちたい」と考えたとき、行為には「子供を授かるための行為」というある意味で別のレッテルが貼られることになる気がします。

この『アンバランス』では、夫の不能を理解しながら、どこかで「いつか治り、自分を抱いてくれるのかもしれない」と期待する妻と、“太った、醜いおばさん”にしか欲情できない夫の生活を描いています。

「貴方の旦那さんと、セックスをしました――」

冒頭出てくる、昼ドラに出てくるような重苦しいシーン。それを、自分よりもかなり歳上で、醜いとしか表現のしようがないような女性から告げられる、主人公の心情描写は繊細かつ丁寧で、非常に読み応えがありました。

その“太った、醜いおばさん”にしか欲情できない夫のことを、その事実を知ってからも愛せるのか。『アンバランス』は、それを許そう(もしくは忘れてしまいたい)とする妻の葛藤の物語です。

 

 

2.対する復讐

上記のように、歪みまくった夫の性癖を、受け入れてしまいたい、忘れてしまいたいと葛藤する妻は、ある行動にでます。それが、「出張ホスト」。別作品の名前を出すのは少し申し訳ない気持ちになりますが、石田衣良先生の『娼年』のようなイメージでしょうか。

お金で、男を買う。その行為を妻は「あのときの許したいという気持ちよりも、復讐に近い思いにとらわれているのかもしれないと感じる。(文庫146P)」としています。なるほど、夫は今まで「醜い女にしか欲情せず、何回かは醜い女と行為に至った」という事実を自分に対してひた隠しにしてきたわけですからね。

思いっきりネタバレになりますが、妻は1度きりしかこの出張ホストを使っていません。1度だけホテルに行き、1度だけ抱かれ、それっきり。その行為については事細かに書かれることはなく、あえて淡白に、冷静に終わったかのように描写されています。

「復讐」をするのであれば、もっと、浮気に近いように、ズブズブとハマっていくのだろうと予想していた私をあっさり裏切ってくれました。その1回の行為によって、妻になんの心情の変化があったのかはわかりません。ですが、1回きりで終わらせられたということは、その1回の行為で「夫を許すのか、受け入れるのか、はたまたその両方」のどれかを選ぶきっかけになったのは間違い無いと思うのです。

 

 

3.専業主婦という大きくて重すぎるレッテル

この作品のポイントとして、妻が専業主婦であったことが挙げられると思います。夫の性癖のカミングアウトがあってから、妻は何度も「今離婚したら、私には何も残らない」「私は夫のローンで購入したこの部屋で暮らしている」と考えを巡らせています。

典型的な日本社会の考え方なのかもしれません。夫がしっかり稼いでいるのだから、妻は家を守っていればいい。誰の金で飯を食っているんだ…等。作中の夫は、妻を思いやり、そのような言葉は一切かけていないのですが、自分に稼ぎのない妻は何度も「この家は夫のものであって、私のものではない」と考え、自己肯定を低くしている気がしたのです。

今、共働き世帯がメインになり、結婚しても、子供ができても女性が働くようになった時代。専業主婦なんだ、と言われれば、「えーっ、旦那さん、随分稼いでいるんだね!」と言われる時代。余計に、専業主婦の肩身が狭くなっていることは、否定できないと思います。

その傾向を表すかのようなこの作品、もっと共働きが増える今後の未来に読んだら、目線がまた変わってくるのかもしれません。

 

 

まとめ

未婚、バリバリ働く私にとって、少しバックグラウンドが違い過ぎたこの作品。きっと、結婚してからと、家族のことを考えるようになってからでは、見えてくる景色が違うんだろうなと思います。

それを差し引いても、さすがの加藤千恵作品です。心情描写がまず美しい。そして一番の注目は、沈黙の重さだったように思います。

人は誰しも、色々“言いたいこと”を心の中にせき止めていると思うのですが、なにかの拍子にそれが決壊してしまったときの溢れ出す言葉の数々、そしてそれをひと息に言い切ったのちの沈黙。実にうまく表現されていると感じました。