Departure's borderline

本と音楽とディズニーと野球、その他いろいろな興味事

吠えろ、私のかつてのヒーロー。 -「27」を背に。埼玉西武ライオンズ内海哲也

 

 

2019年、8月。東京ドーム内売店ボールパークストア。

「さあどれがいい? おねえちゃんが買ってあげる」

「ほんとう!? おねえちゃんちに飾ってあるやつと同じのがいいなぁ」――

 

 

世間の小学校は夏休み。小学1年生になった従弟が、電車を乗り継ぎ東京の我が家に遊びに来た時のことだ。ひと回り以上も年の離れた、私にとってかわいくてしょうがない従弟。その初めてのひとり遠出だ、滞在する3日間、どこへでも連れて行くよと約束していた。

 

事前に電話で行きたいところを尋ねれば、東京ディズニーランドに連れて行ってほしいと、電話越しでもわかるほどのわくわくした声で答えてくれる。じゃあディズニーランドに行こうね、あとは? そう問うと、少し考えるような空白があってから「よく、おねえちゃんがばあばの家で見てる、野球がみてみたい!」と返ってくる。

 

夏休みの東京ドームかぁ……。たやすく予想できる超満員の東京ドームを想像し、苦笑しながらも「いいよ、いこうか」と相槌を打つ。電話の向こうで聞こえる、やったぁ! という高い声。かわいい従弟がよろこぶのなら、私もうれしい。

 

 

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当日は、予想通りの超満員だった。水道橋駅で電車を降りた直後から、炎天下の中でも大きい!すごい! とぴょんぴょん飛び跳ねる従弟。「ちょっと!あんまり離れないでよ!」と、ついつい声を張り上げてしまう私。今思い返してもほほえましい、夏のワンシーンだ。

 

せっかく来たのだから、背番号入りのTシャツでも買ってやろうと思い、ボールパークストアを訪れる。キッズサイズ130くらいでよいだろうか、いや男の子は成長が早いから、少し大きめを買うべきか? サッカー派の従弟の家では野球をあまり見ないだろうし、選手の名前も知らないだろう。安パイで坂本か、調子のいい岡本でもいいかもしれない……。どれがいい? と声をかけると、予想もしなかった回答が返ってきた。

 

「おねえちゃんちに飾ってあるやつと同じのがいい! 26番!」

 

 

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中学生のころ、少ないお小遣いを貯めて初めて買ったレプリカユニフォームが、26番、内海哲也のものだった。月数千円のお小遣いをやりくりし、1万円ほどするレプリカユニフォームを買うのは、中学生の私にとって至難の業。1年以上も「内海哲也貯金」をしてやっと手に入れた大切なユニフォームだ。

 

大きく振りかぶって投げおろされるキレのある球。キャッチャーの構えたところにボールが吸い込まれていくコントロールの良さ。テレビでよく見る、気取らない性格とその笑顔。かっこいいなぁ、と中学生ながら惚れ込んだ。内海哲也こそが私のヒーローだった。

 

苦労して手に入れたそのレプリカユニフォームは、そのあと長年にわたり私の現地観戦の相棒になる。内海が登板する日もしない日も、近年内海の成績が落ち込み、一軍に帯同していない日も。私は26番を背負い、読売ジャイアンツを応援していたのだ。

 

だから、2018年オフの、人的補償内海のニュースは見たくもなかった。なぜだ。あれほどまでにジャイアンツを愛し、ジャイアンツを選んでくれたピッチャーを、なぜ奪うのか。はたまた、なぜプロテクトに入っていなかったのか。なぜ、なぜ。いくら問うても人的補償の4文字は変わらない。

 

背番号26番のレプリカユニフォームは、私の部屋の隅に飾られた。高いチェストの上の、限られたスペースに折りたたまれて飾られたユニフォーム。私ですら、意識をしなければ目にも入らない場所に、ひっそりと。もう、このユニフォームに腕を通すことはないかもな。そう思った。

 

 

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「今、26番はいないんだよ」

「そうなの? 引退しちゃったの?」

 

引退なんて言葉、よく知っているねと笑って流しながら、私は従弟に6番坂本のTシャツを買ってあげた。ほら、今のおねえちゃんのユニフォームと同じだよと、2019年シーズン開幕と同時に買った坂本のレプリカユニフォームを見せながら。

 

その日はいいゲームだった。打って岡本は23号ソロホームラン、先発山口は7回途中までを3点に抑え、10の三振を奪い、12勝目を挙げた。初めての現地観戦に、サッカー派の従弟も大よろこび。岡本のホームランが特に印象的だったようで、あの人はすごいとまるで昔から知っているかのように話していた。おかげで、私は試合後にもう一枚、25の番号が入ったTシャツを買ってあげる羽目になる。

 

そうか、25番はあっても、26番はもう売っていないんだな。

背番号順に並んだTシャツの棚。在庫も豊富にあるのだろう、高く積まれた25番の隣にあるはずの26番の棚はそこにはなく、代わりにその年から主の代わった27番が積まれていた。

 

 

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私のかつてのヒーローは今、青い若獅子の吠える27番を背負い、所沢の西武第二球場でその日を待っている。「26より1つでも先にいくという気持ちで」選んだという背番号27。さみしさはあったが、彼らしさを感じられるそのコメントに絶望は見えなかった。

 

現在移籍後1年半、ようやく彼は一軍昇格をつかめそうだ。8月22日のオリックス戦で先発が濃厚なのだという。

 

だが、不安要素は残る。昨年11月には、商売道具である左腕にメスを入れた。もどかしさの中で、引退の二文字が頭をよぎることもあっただろう。彼自身も、今季を「勝負の年」と位置付け、「今年、上(一軍)で活躍できなければ……」というコメントを各スポーツ紙に残している。

 

負けるな、私のヒーロー。勝ち上がってきてくれ。もう一度、私の前でその輝くワインドアップを見せてくれ。

 

「今、26番はいないんだよ」

「そうなの? 引退しちゃったの?」

 

あの日、笑い流した従弟の問い。

 

「ううん。今は一歩先で、27番を背負って吠えてるよ」

 

そう答えられる未来を、私はずっと待っている。

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