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「あしたの家」の子供たちは明日の大人たちです。-有川浩『明日の子供たち』読了メモ

 

「おかあさんは、私よりも施設の子のほうが大事なんだ!」――。

これは幼き日の私が、児童養護施設で働く母に向けて放った言葉です。今思い返せば、なんてひどいことを母に言ってしまったのだろうと胸がぎゅっと苦しくなるのですが、当時の母はそう泣きじゃくる私を抱きしめ、「ごめんね、ごめんね」と繰り返していました。

 

 

『明日の子供たち』は、児童養護施設「あしたの家」を舞台に、新米職員と入所する子供たち、それを取り巻く社会の目線を優しく描き切った長編小説です。

 

初出は2014年8月、単行本。その後、2018年4月に文庫化されました。以前から、有川浩先生の作品だからとあらすじも見ずに購入していたのですが、2年ほど本棚に積まれ、ほこりをかぶっていました。

私こそが読まなくてはいけなかった。もっと早く読めばよかった。そう強く感じながら、読了メモを残しておこうと思います。

 

 

明日の子供たち (幻冬舎文庫)

明日の子供たち (幻冬舎文庫)

  • 作者:有川 浩
  • 発売日: 2018/04/10
  • メディア: 文庫
 

 

三田村慎平は転職先の児童養護施設で働き始めて早々、壁にぶつかる。生活態度も成績も良好、職員との関係もいい”問題のない子供”として知られる16歳の谷村奏子が、なぜか慎平にだけ心を固く閉ざしてしまったのだ。想いがつらなり響く時、昨日と違う明日がやってくる。先輩職員らに囲まれて成長する日々を優しい目線で描くドラマティック長篇。

文庫版裏表紙より

 

以下、だいぶネタバレあります。
また、児童養護施設の在り方について、過去のゆがんだ認識があります。
ご了承ください。

  1. 施設の子は「かわいそう」なのか
  2. 「毎日甘やかしてやれるの」?
  3. 「あしたの家」の子供たちは明日の大人たちです
  4. まとめ

 

 

1.施設の子は「かわいそう」なのか

私の母は、絵本の出版社で編集者として働き、私を身籠ったことをきっかけに編集者を辞めました。私が小学校高学年に上がるころ、もともと持っていた保育士資格を活かし、児童養護施設で働き始めました。

 

児童養護施設とは、何らかの事情で親と暮らせない子供たちが生活する施設のことで、少し前のデータにはなりますが平成26年現在、全国に599の施設が存在し、約3万人の子供たちが生活を送っています。

施設職員は、シフト制で24時間体制で子供たちの生活を見守っています。私の母も、そんな職員の一人でした。

 

それまで、専業主婦として私を学校に見送り、帰りを待っていてくれた母は、シフト制という勤務形態上、なかなか生活時間が合わなくなりました。まだ10歳になるかならないかの私は、生活の変化を受け止めきれず、冒頭の言葉を母にぶつけることになります。

 

 

母が養護施設を退職するまで、私は母のことを「かわいそうな子たちのとこに働きに行っている」と認識していました。「自分は両親がそろっていて幸せだから、少しくらいお裾分けをしてやってもいい」。そんな無残なことを考えていた時期もあります。いえ、今回『明日の子供たち』を読むまで、その認識はあったかもしれません。

 

 

作中では、新米職員の三田村が「かわいそうな子供の支えになりたい」と志望動機を入所中の高校生、奏子に伝えるシーンがあります。雑談の中でのたわいのない会話。その一時は、奏子は明るく気丈にふるまいますが、その言葉は奏子の心に深く突き刺さり、三田村との間に溝を生んでしまうのです。

 

「……わたしは、施設に来て、ほっとした。ちゃんと毎日ごはんが食べられて、お腹すかなくて、ゆっくり眠れて、学校にも行かせてもらえて……先生たちも、ちゃんとわたしの話を聞いてくれるし。何ていいところなんだろうって思った。」
「かわいそうな子供に優しくしてやろうって自己満足にわたしたちが付き合わなきゃいけないの⁉ わたしたちは、ここで普通に暮らしてるだけなのに!」

 

奏子が、三田村に想いをぶちまける時のこの台詞。そしてこの後、幾度となく繰り返されるこのフレーズ。
刺さりました。まるで私が怒鳴られているかのような、頭を大きな鈍器で殴られたかのような衝撃。

児童養護施設は、「かわいそう」なんかじゃない。
普通に、子供たちが、生活している場所。
ただそれだけでした。

 

2.「毎日甘やかしてやれるの」?

 

では、そんな児童養護施設の職員とは。

ここで登場する児童養護施設「あしたの家」は、現代では少なくなり始めた、90人規模の大規模施設です。現在では、できる限り家庭に近い状況を作るため、小規模・中規模の児童養護施設の設立・建て替えが進んでいます。

 

彼らには、言わずもがな児童養護施設内の生活では親がいません。親代わりとなって面倒を見るのが、職員という存在になります。

 

ですが、職員はあくまでも他人です。別に家庭を持つ職員もいます。あくまでも、職員と子供たちは、「先生」と子供たちの関係であるべき、といった表現が繰り返し作中に登場します。

そこに愛が生まれるのは間違いではなく、素晴らしいことです。職員は、愛を持って子供たちに接します。ですが、甘やかしと、愛することは違うことを、職員たちは身をもって知っています。

 

例えば、作品冒頭、新任の三田村が下駄箱から散らかった靴を善意からそろえ、その場面を先輩職員である和泉に目撃されるこのシーン。

「何って……子供たちの靴を片付けてあげようと思って」
「勝手なことをしないで」
 -中略-
「普通の家庭だったら、ちょっとくらい散らかしたってお母さんが靴を揃えてくれるでしょ? だったら、施設の子供たちだって、ちょっとくらい甘やかしてくれる人がいたって……」

「あなたが毎日甘やかしてやれるの」
「九十人を毎日ちょっとくらい甘やかしてやれるの」

 

そう、ここは大規模施設。家庭ではなく、大人数が共同生活を送る場所。限られた人数の職員が、毎日膨大な量の業務に追われ、そして疲弊していきます。

お給料も大して高いわけではなく、離職率は高い。3年続いたら古株、と作中にもあるように、過酷な現場であることは間違いないのです。

 

愛と甘やかし。一歩間違えれば、その場の秩序を崩壊させ、さらには人の心すらも蝕んでいく。そして退職、人手不足となる施設が後を絶たない。そんな描写もありました。児童養護施設の過酷な現状もうまく表現されており、その点はさすが有川先生だと舌を巻きました。

 

 

3.「あしたの家」の子供たちは明日の大人たちです

「あしたの家」は、先にも述べたように大規模施設です。中規模施設への立て直しなどの話もあったようですが、実現には至っていません。その裏には資金不足が挙げられます。

ではなぜ、このように過酷な状況にある児童福祉という観点に、お金が回されないのでしょうか。作中では、このように分析されています。

どうしてこれほど私たちに予算を出してもらえないのか、施設の先生と話しました。
先生は、児童養護施設の子供には選挙権がなく、社会の発言力が弱いからだと言いました。
普通なら選挙権のある保護者が発言してくれるけど、私たちにはそういうしっかりした親はいないので、エアポケットに落ちてしまうそうです。

 

 

なるほどその通り、とてもわかりやすい分析だなと感じました。選挙権を持つ人は、誰しも自分の私利私欲に動きます。自分が現在もっともよい生活をするために、選挙でもっともその生活を実現してくれそうな候補者を選ぶ。

現在の少子高齢化社会において、育児・保育の軽視……といった話題が出るのも、育児や保育を必要とする世代よりも、高齢者世代が多く、また選挙投票率が高い傾向にあるからです。
(※決して、高齢者軽視の助長をしているわけではありません。)

 

さらに「しっかりした親」というキーワードも大きなひっかかりがありました。「しっかりした親」ならば、子供のことも考え、そして選挙に行ってくれる。投票してくれる。ただ、施設の子供たちに、そういった親がいなかった……。

 

 

養護施設の子供たちももちろんですが、今「子供」として生きるすべての人間は、いずれ大人になります。声を挙げる機会がない施設の子供たちは、どうやって政治に訴えかけていけばいいのか。

 

現実社会として、これは長い課題になるでしょう。

 

この作中では、ひとつの答えにたどり着きます。

「もっとたくさんの人にカナ(奏子)の言葉が届かないかな」
「……誰か、有名な作家さんに手紙を書いて、施設や『日だまり(作中に登場する退所後支援センター)』のこと本に書いてもらったりとかさ」

 

そして奏子は、とある作家に手紙を書きます。

 

4.まとめ

物語を読み進めていて、少し息が詰まったり、ぎゅっと胸が痛くなることはありました。特に、最後に載せられた奏子の手紙は、やはり胸を打たれるものがありました。

 

でも、読んでいて泣きはしませんでした。涙はこぼれない、感動作。いい作品。単行本版なら、そこで終わっていたと思います。

 

私が一番胸を打たれたのは、Fin.と打たれた次のページ、文庫本版に着けられた解説の1行目でした。

皆さん、初めまして。笹谷実咲です。私は本書に出てくる「手紙」を、実際に有川さんにお送りしたものです。

 

どっと、本当にどっと、涙が溢れました。こらえきれず、深夜にもかかわらず嗚咽をこぼすほどに。フィクションと現実が地続きになった瞬間でした。

そこには、有川先生への信頼と、感謝が綴られていました。

 

奏子のモデルとなった彼女は、その後大学に進み、福祉を学んでいるのだといいます。解説からわかる彼女の情報としては、2018年、23歳になること。つまり、2020年現在、25歳。私と同い年であるということです。

無事に、大学は卒業されたのでしょうか。そして、よい未来を歩まれているのでしょうか。

 

母に放ってしまった幼き日の私の言葉に対し、母に向けて、当時の子供たちに向けて。
三田村の言葉を借りて、「わかった、ごめん」「それと、ありがとう」を、ここに綴っておきます。